セックスパートナーと、精神的支えとしてのパートナーは別でもいい。

最近、結婚について考える。

 

まわりが次々と結婚する年代になって、そろそろ他人事ではなくなってきたなぁという思いと同時に、「わたしは普通の結婚をして、本当に末長く幸せを誓えるのだろうか?」なんて疑問がふと浮かぶ。

というのも、わたしは今までいわゆる一般的な感覚で恋愛ができなかったからだ。

 

 

わたしは恋人というものができると、時間が経つにつれてその距離の近さゆえ「家族」という存在として見てしまう。

血の繋がった自分の家族とはセックスができないように、恋人に関してもセックスに嫌悪感を覚えてしまう。だけど相手が嫌いなわけでは決してないのだ。

(いろいろと悩んだ挙句診療機関にも通ったのだけど、ここはちょっとセンシティブなので今回は省略させてもらう)

 

 

結婚というのはすなわちパートナーと「家族」になるということなのだろう。

それに関してはなんの問題もないのだけれど、果たして一人の結婚相手とだけ、死ぬまでセックスパートナーでいられるのだろうか?

いわゆる「浮気」や「不倫」を一切せずに、一生ひとりの人と添い遂げることができるのだろうか?

 

わたしにとってそれは至難の技かもしれない、と感じている。

たかだか1年2年のお付き合いでさえ、パートナーを性的な対象として見れなくなってしまっていたから。

 

・・・そんな話を以前別の媒体でつらつら書いたのだけど、意外にも共感してくれる人が多かった。

  • 従来の結婚制度に違和感を抱いている人
  • 既婚で、絶賛セックスレスの人
  • すでに自分たちなりの結婚のあり方を見つけて実践している人

いろんな人の意見を聞いた。

 

そこで気づいたのは、「精神的な支えとしてのパートナーと、セックスパートナーを必ずしも一致させる必要はないのではないか?」ということだ。

もちろんこの結論には浮気だの不倫だの社会的に許されないだのあらゆる批判があるだろうけど、ひとつの結婚のあり方として、画一的な結婚制度から一歩踏み出した選択肢として、考える価値があるのではないだろうか?

 

実際わたしのまわりにも「結婚相手に了承を得たうえで、別にもうひとりパートナーがいる」という人もでてきている。(言うなれば”婚外恋愛”というスタイルに近いのかもしれない)

当事者全員が合意のうえで新しい結婚のスタイルを築いているのであれば、実践する価値は大いにあると思う。

 

浮気や不倫を批判するのは簡単だ。

だけど、一概に批判することが本当に正しいのだろうか。

結婚したうちの3分の1が離婚して、浮気や不倫がなくならない理由を考えずやみくもに否定していいのだろうか?

現状の結婚のスタイルにうまく馴染めない人たちが、少なからずいるのではないだろうか?

 

 

そろそろ、恋愛も結婚も、別の選択肢を認める時期が来たように思う。

もちろん既存のスタイルでうまくいっている人はそのままでいいし、むしろうまくはまっていることは幸せなことだ。

ただ、わたしのように一般的な感覚で恋愛や結婚ができない人に、別の視点から選択肢を増やしていきたいのである。

 

 

そんなこんなで、最近は「結婚についてどう思う?」と聞かれる機会が増えたので、ぼんやり考えていたことを書き出してみた。

自分が誰かと結婚するかどうかもわからないし、まだ全く現実味がないけど、やっぱり人生において切り離せないテーマだし個人的にすごく関心のある事柄なので引き続き思考を深めていきたい。

 

 

そしてもし、これを読んで思うところがあったら、ぜひSNSなりであなたの意見を聞きたい。

どうか頭ごなしの批判ではなく、建設的で率直な感想を聞かせてほしいと思う。

 

 

▼こんな話を書いていたら、ドンピシャの漫画があった。夫の”婚外恋愛”を妻が認める、という内容だ。個人的にかなり影響を受けたので、この分野に関心のある人は絶対に読んでほしい。

 

▼こちらの記事もあわせてどうぞ!

関連記事:「一人の恋人と付き合う」という行為をやめた。それに対するまわりの反応

 

▼らぶりりーすのおすすめ特集はこちら!▼
恋活アプリランキング

▼この記事を今すぐSNSでシェアする